◆生命について臨床で感じていること

 振り返ってみますと、ずっと生命をテーマに歩んできているような気がします。大学で生物学科へ入ったのも、そうした生命になにかひかれるものがあったのでしょう。大学時代は、どのような道に進んだらいいか悩んでいた時でしたが、結局、人間の身体について職業的に勉強できるという理由でアメリカのカイロプラクティック大学へと道を選びました。生命というテーマが心の裡にあったからだろうと思います。アメリカで資格を得たのは1981年ですから、それ以来ずっと身体を通していろんなことをみつめてきました。納得のゆく仕事とするために、身体の回復力を最大限に引き出す方法をあれこれと模索してきました。最近では、脳についてもっと理解しなくてはならないと、この歳になって急速に研究の進んできた脳科学について猛勉強をしました。アメリカの神経学専門の認定も取りましたが、おかげで頭はすっかり白くなってしまいました。

生物学的に観ますと、ホヤの幼生期だけに脳が見られるように、餌を求め動き回ることで脳が生じたようです。それも吻の周りの神経が集まり神経節をつくり、それが発達して脳となったというのが進化の道筋です。吻は腸管の先端口になるわけですから、脳と腸管の密接な関係はいろんな面でみることができます。

鰓腸と呼ばれる腸管の一部から呼吸の原型と言うべきリズム運動が生まれました。このときのリズムは、海の波のリズムと同調したものであったようです。このいわば原型的な呼吸運動のリズムは、今でも私達の身体活動にとって基調になっているのです。原始的な神経系にこの基調となるリズムが刻印され、それが高等な進化を成してきた私達の身体内奥にも息づいています。その典型的な活動は、血管の中層にある平滑筋の筋線維やリンパ管に見られる1分間に9回ほどのリズミカルな運動です。毛細血管までいたる血管系はとても密ですので、血管だけ樹脂で固めて他の組織を取り除いても、血管だけで、脳なら脳そのものの形が残ります。いわば血管系が一つの塊のようなものです。これが同期してリズム運動しているのですから、頭蓋の内圧変動として触診できるのです。頭蓋の内圧変動として触診できるのです。固い頭蓋のなかで脳が息づいているように触感できるのです。脳だけではありません、身体のどの部分でもこの息づかいを感じとることができます。  実際に測定器をつくって、私自身、患者さんの頭蓋の内圧変動を外から測定してみました。そして、フーリエ変換という数学的な方法で周波数分析をしますと、確かにこの周波数にあたる波動が含まれていることを確認することができたのです。

さて臨床的な話になりますが、私のところには、不定愁訴と言われる原因がわからない、さまざまな身体症状に悩んでいる患者さんが多くいらっしゃいます。さきほど午前中に診た患者さんは、最初に指圧師の方で両腕がしびれるという訴えでした。まじめで几帳面な性格なために、呼吸を無意識に抑えこんで仕事を続けていたために、血管系の揺らぎを失いしびれが出ていました。次の方は、左顔面がピクピク攣縮しながら不完全麻痺になりつつあるおばさんです。脳幹部の血管が蛇行し顔面神経に圧迫がかかっている病態のようです。でもこれだけではありません。呼吸がたいへん浅く、身体の内圧変動が著しく減退しています。今日は二回目で、右大脳半球内側下方部の血流障害が触診できるため、その揺らぎを引き起こしている間、攣縮がおさまりました。ほとんどの症状は、一つの原因に起因することはまれで、心身のいろいろな状況が重なり増悪されています。このおばさんの場合、やはり几帳面さがあり、いろいろなことで神経質になっています。ゆったりとした揺らぎに身を任せることができれば楽になるはずなのです。次の方は膠原病の患者さんで、かなり前から診ている方です。今でも医師からステロイドを処方されていますが、経過はたいへん良く血液検査の異常はすべてクリアになっています。今朝の状況は、正中の呼吸が弱くなっているために、左右半身の血流バランスが崩れ、右肩が鬱血し五十肩の様相を呈していました。次に診た患者さんは難解です。歩行困難を訴える初老の女性です。一見、パーキンソン病と見間違えます。病院でそのように診断され投薬を受けていましたが、診断が間違っていたために、ひどく悪化していました。二年前から診ていますが、当初からみて落ち着いているのですが、良いときと悪いときの波が繰り返しています。原因は特定できずにいます。経歴は教師をながく務め、責任もかなり重い地位にあったようです。ゆったりとした感じを失い、常に周囲に注意がいっているために、緊張を弛めることができずにいます。次の方は不思議な女性で初診の時は、左半身のふるえがひどく、しかもまっすぐに立っていられず、歩行もたいへん不安定な状況でした。一見、小脳疾患を疑ってしまうほどです。何回か診てきて、神経学的な疾患ではなく、医学的診断の困難な身心異常と判断し、本来の揺らぎをとりもどすために数回ほど治療を続けてきましたが、経過は良好です。あと一人は、右臀部の鈍痛を訴える初老の女性です。一人の息子さんは官僚に、あと一人はドクターにと、りっぱなお子さんを育てた方らしく、厳しさを感じるほどまじめな方です。このような隙のない性格の方は、病態は一般的なものでもけっこうたいへんです。簡単に良くなることはありません。数回で良くなる他の人達と比べ、良くなるまでけっこう時間がかかってしまいます。

このように患者さんのほとんどは、大脳皮質が過剰に働き過ぎるために、皮質下の生命活動を営む活きが抑えられているようです。そのために、基調となるリズムがなくなり、血管運動も内臓の活(はたら)きもすっかり低調な状態になってしまっています。基調となる身体内奥のリズムを感じ取ることはとても困難です。ぐっすり眠ることができれば良いのですが、現代人は過剰なストレスをかかえ、職場や家庭での人間関係に問題をかかえ、ゆったりとした時間を持つことができずにいます。病気とは心身の異常だけではなく、その人が生活している場での存在論の問題にも関わっています。活き活きと活躍できる場に恵まれていないのかも知れません。あるいは、自分の存在意義を十分に理解できていないのかも知れません。感動する心を忘れてしまっているのかも知れません。私達の生命が、大きな自然の生命と根っこのところで通じているという感覚、あるいは個々の生命はもともと一つの大きな生命という感覚がないのかも知れません。  こよなく音楽を愛し、雄大な自然に身を任せる喜びを知っている生物学科同窓のみなさんは、学生の時からとても健康的な生活を送っていました。みなさん、研究室で実験しながらでも常に音楽(クラッシク)を離れず、夏には登山を楽しんでいたことが思い出されます。これからもきっと豊かな人生を楽しんでいけることと思いますよ。

 

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