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◆難治性の頸腕上背部痛の症例から
大場 弘
米国認定カイロプラクティック神経学専門ドクター(DACNB)
マニュアルメディスン研究会代表
◇はじめに
毎年、何度か頸腕から上背部にかけて激しい痛みを訴えて来院する方がいる。時にはあまりの激しい痛みを訴えのために適切な処置で痛みを緩和させることができず、徒手療法の無力さを痛感することも度々である。いわばこの難治性の症状にたいして、これまでの臨床経験を通して検討し考察としてみた。
ちょうど、この原稿の執筆依頼があった平成16年の11月から数ヶ月、今現在診ていた数名の患者さんの症例と、平成14年度のカイロプラクティック徒手医学会誌に報告した症例など参考に考察している。徒手医学療法の可能性が拓けることを期待したい。
◇徒手による施術方法
筆者の施術方法は、マニュアルメディスン系のテクニックであるインヒアレント・フォース・テクニック(頭蓋療法などにみられる身体の内在圧を利用した方法)を発展させた身体呼吸療法をおこなっている。この療法の特徴は、さまざまな身体機能の基調になっているゆるやかなリズムを、呼吸リズムに引き込み、きわめてリラックスした全身の呼吸運動に転換するもので、このとき生じる大きな内在力を利用して、筋骨格系の歪みを内側らから改善させる方法である。
この方法は、単に筋骨格系にたいして力学的な矯正となるにとどまらず、生理学的な効果もきわめて大きい。一つには、脳脊髄液、静脈血そしてリンパなどの体液的循環を促進させる。二つに、きわめてリラックスした状態に導くことで、神経学的な効果すなわち脳の疲労回復と神経の不安定性を改善できる。これは神経組織への十分な酸素供給によるものと考えられる。また誘導される身体呼吸運動の波動は、自律神経系のMeyer波と呼ばれる血管運動性交感神経を介した血圧調整系(圧受容器反射弓)の周波数ときわめて類似した波動であるために、交感神経による血液循環機能に大きな影響をもたらすことが考えられる。
また身体呼吸の触診は、内圧変動を観察しているため、身体各部での内圧変動の強弱、感覚的には身体内部の弾力性の濃淡とでも言うべき身体組織の活動性の違いを触知できる。そのために、触診そのものが観察となり、即、変化を引き起こす効果ともなり得る。これには患者と施術者の間で呼応する身体情報のやりとりによるフィードバック的な効果であろう。
[症例1患者:鳥○裕○(41歳)]
発症までの経過と主訴:
最初のきっかけは、自転車に乗っているときに左頸筋がピキンとなってからしだいに痛みが強くなってきたことがあった。その時、整形外科で渡された湿布を貼っていたが痛みがさらにひどくなり、ほとんど頸を動かすこともできない状態であった。
その後、いろいろな治療を受け長くかかったが、ある日、痛みがなくなっていたとのことであった。
今回は、2ヶ月前から、左頸胸上背部に以前と同じように痛みが発症し、しだいに耐え難い激痛になってきている。左の第2、3指にしびれ感がある。寝返りや日常的な動作ができない。カイロプラクティックの治療を受けていたが好転しないため、紹介で来院(H16.11)。
初診時の診察所見:
左右の上腕での血圧は、105-66mmHg、113-64mmHg、脈は74で整。頭を支えることが辛そうで頭が垂れた姿勢(kyphotic)に、頸部の歪曲を代償するように全身的な姿勢の歪曲が見られる。上部頸椎から肩甲骨上角にいたる部位が腫れたように筋緊張。左前胸部にひきつれ感と圧痛。痛みと頸部の運動制限の他には、特に神経学的な異常はなし。身体呼吸の触診で、心尖と横隔膜の付近であろうか、下方の左胸内部で異質な活動性が触知された。それに連なるように脊柱前側、傍側にスジ状の異質な触感が上方に走行している。解剖学的には交感神経幹をイメージしてしまう長い組織の活動性の低下のようである。
既往歴:
幼少の時、心臓手術(病名不明)。
5年前に転倒し、一時的に意識消失したことがある。
治療の経過と所見:
身体呼吸療法のアプローチは、深くゆったりとした呼吸が誘導できるため、大脳皮質の興奮を安定させ、痛みの軽減に効果的であった。頸の可動性も改善し、睡眠もとれるようになった。痛みの部位も頸胸部から上部胸椎の側方に限局されてきた。数週間ほど経過し、激痛はなくなっていたが、始終、左上部胸椎側方の痛みが気になり心痛に変わってきているように思われた。身体呼吸による触診では、頸胸部の脊柱管に閉塞感が感じられていた。また、時折、最初に感じた左胸下方の重苦しい触感が出ていることがあった。これまでの生活状況を尋ねたところ、何年もの間、肉親の看病と夜の仕事でかなり身体疲労が蓄積された状況であった。しかも、溺愛している愛犬が危篤状態にあり、うちに悲嘆さを押し隠しているようでもあった。
[症例2 患者:中○有○(53歳)]
発症までの経過と主訴:
バスに乗っていて居眠りをしてしまい、その時に頭が垂れ曲がった状態での不良姿勢に加え、窓からの風によって肩が冷えた感じがした。翌日から、後頭下から頸筋そして肩甲間部の上背部、それに上腕の後面と前腕撓骨側に痛みが発症した。左手第1〜3指にしびれ感も訴える。痛みのために就寝に困難をきたし、家事がほとんど手につかない状況であるとのことであった。
初診時の診察所見:
血圧は左上腕で133-83 mmHg、右上腕で134-82 mmHg、脈は71で整。触診によって左大胸筋部そして上部胸椎部の左側方に過敏な圧痛があり、頸胸部で過剰な脊柱の彎曲、そしてS字のゆるやかな脊柱側彎が観察された。痛みの他に、特質すべき神経学的な異常なし。ただこの患者さんも症例1と同様に、左胸下方の重苦しい触感と交感神経幹をイメージさせる脊柱前傍側の組織に異常な質感があった。特に、星状神経節であろうか、下部頸椎前方下に異常な感触が観察された。また、顎関節機能障害があるときによく感じられるスジ状の緊張が、下顎角後方の上部頸椎の前側から斜角筋に沿って観察された。
既往歴:
昨年、肺ガンで亡くなった夫の看病疲れからか、今回と同じ様な症状を発症している。7年前、子宮頸部の異形成で手術。
徒手による施術と経過:
しばらくの間、痛みの緩和と悪化の繰り返しがあり、夜寝られないほどの激痛は緩和傾向にあった。このころ触診で、頸胸部の脊柱管の充満感と頸椎第5-6レベルでの椎間孔部の閉塞感が鮮明に感じられることがあった。
その後、1ヶ月以上、痛みが継続し、精神的に耐え難い苦痛感が見うけられた。ペインクリニックで診察してもらうことを勧め、神経ブロックを受けたが、これから数十回ブロックを続けることもあるということを言われ、精神的に開き直った様子で、徒手療法のアプローチを継続することとなった。痛みを自分なりに受け入れたためか、その後、治療効果は急速にあがり、ほぼ痛みを忘れることができるようになった。
[症例3 患者:中○雅○(33歳)]
発症までの経過と主訴:
今回、左半身を上に側臥位でテレビを観ていて、右後頸筋が攣れたことがきっかけで、翌朝、左後頭下から頸筋そして肩甲間部の上背部に痛みが発症した。
初診時の診察所見:
痛みの程度は上記の症例に比べて比較的軽症であったが、左目がかすむ、左口腔だけに口臭があるなどの不定愁訴も訴えていた。顎関節に違和感を訴え、下肢にアンバランスな緊張感を訴えるなど、筋骨格系にもひろく不定愁訴を伴っていた。特質すべき神経学的異常はなかった。
既往歴:
特に、特質すべき大きな病気怪我はなかったが、現症状に関連し下記のような問題点があった。6、7年前に親不知を抜歯してから、顎関節に違和感がある。また同じ頃に尾骨を打ったことがある。
徒手療法の施術と経過:
全身的にアンバランスな筋緊張が次々に感じられてきた。最初は、膝から下腿・足へと歪曲(O脚)感による緊張、骨盤帯における歪み(体育坐りをすると左右の膝頭が高さが違う)、さらに問題となるのは胸郭部と肩甲帯ではかなり硬化した歪み感が明らかで、胸椎・肋骨第2-3レベルにおいて上下で不連続なフィクセーション(固定点)となっている。また、顎と頭蓋、上部頸椎の歪みも、斜角筋などのアンバランスな緊張をともなっている。こうした硬化した筋緊張と骨格的な歪みを、内部からの力で解消することはなかなか困難であったが、主訴そのものは比較的はやく数回の施術で改善されてきた。
◆考察
今回の症例のようになかなか解消しにくい症状には、それなりに複雑な状況が織り重なっていると言える。
構造的な見方からすれば、頸椎症における頸椎の骨変形、椎間板の変性、椎間孔における棘形成など、神経根障害を引き起こすそれなりの理由が想定できるのであるが、このような問題は誰もが老化によって抱えている問題であり、発症しない人の方が圧倒的に多いであろう。したがって構造的な問題にのみ起因する症状ではないことがわかる。
筆者の考えでは、体液の流れが重要な要因であることを臨床から痛感している。椎間板ヘルニアの症例報告をしたときにも言及したことであるが、神経根に対しても脳脊髄液が浸透し神経組織を潤している。こうした水分すなわち体液は機械的な刺激を吸収する役割をもつはずであり、しかも炎症作用に関わる不要な物質をすみやかに除去してくれるものと考えられる。
リンパの流れを含めて体液の循環を促す力動は、リンパ管のリズミカルな膨張収縮運動だけでなく、筆者が身体呼吸と表現している全身的な内圧変動が重要であり、この内圧変動が身体組織の間隙に入り込むことが滞ることで痛みが誘発されるものと考えられる。リズミカルな内圧変動に自律神経がどのように関与しているか不明であるが、内圧変動は血液循環や呼吸の影響を受けていることは明らかである。
血管運動神経のように血管中膜の平滑筋は自律神経の作用によって、リンパ管と同様にリズミカルな波状運動が起こっているものと思われる。こうしたリズミカルな波動が周辺の体液の流れに反映していることは想像に難くない。
冷えが入るということは神経傷害の発生にきわめて重要な因子のようである。 寒い中で激しく運動や労働をおこなった後に、神経が局所的にウィルスによって傷害を受けることもあるらしい(Patten,
Neurological Differential Diagnosis, 291p)。冷えそのものも虚血によって間接的に神経に傷害を与えることもあるかも知れない。また、末梢神経が機械的な傷害を受けると、その末端で興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸glutamateが放出され、第一次神経線維の神経過敏を引き起こすという報告もある(J.H.
Janga, 2004)。 今回紹介した症例においても冷えが重要な因子になったことがわかる。
自律神経には感情という心理的な背景が色濃く反映している。そのために難治性の症状には心理的な問題が隠されていることは、上記の症例からも明らかである。特に悲しみは、これまで経験してきたいくつかの臨床例から、左胸の前下方部に反映している印象を持っている。感情の身体的な表現がどのような整理メカニズムをもって表れるのか興味深いテーマである。
参考文献
大場弘:頸部から肩、腕に強い痛みを訴える患者についての臨床報告、日本カイロプラクティック徒手医学会誌、Vol.3 2002
杉山由樹、間野忠明:自律神経系に見られるリズムの種類、CLINICAL NEUROSCIENCE Vol.15 No4 中外医学社1977
大場弘:椎間板ヘルニアの臨床報告、マニュピュレーションNo. 37, 1995、エンタープライズ社
John Patten: Neurological differential Diagnosis 2nd ed. Springer-Verlag,
London 1996
J.H. Janga et al.: Peripheral glutamate receptors contribute to
mechanical hyperalgesia in a neuropathic pain model of the rat;
Department of Physiology, Yonsei University College of Medicine,
2004
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